夏休みの宿題

今日で夏休みは終わりっていう学生が多いかな? 夏休みって聞いて思い出すことの
一つに“自由研究”があるんだけど、私は自分一人でやりこなしたことは一回もない
んだよね。  まあ低学年の頃はみんなそれぞれ親とか兄弟の力を借りてやってたみ
たいだったけど、私は6年間両親に手伝ってもらってた! 一年生の時は「あさがお
の成長」を題材にしたんだけどね、私はどうも絵心がないみたいで、あさがおの絵を
描きたかったんだけど、うまく描けないからって母に描いてもらってたな〜。 でも
私から頼んだことはなくって、当たり前みたいにやってくれてたんだよね。 母は画
家とはいかないかもしれないけど、とっても絵心のある人でまだ普通に目が見えてた
私が見ても絵じゃなくって写真か押し花かと思えるくらい上手だったな〜☆ 二年生
の時は「カブトムシの研究」をすることにして、やっぱり母がカブトムシを描いてく
れたよ☆ それも本物が大きくなったみたいで、立派なカブトムシだったな〜☆ な
んでかわかんないんだけど、三年生の時に何をやったかすっかり忘れてるから次は四
年生の時。 「滝の流れ」を研究テーマにして、今度は父に車で山里に連れて行って
もらって、上流から下流の様子を父が数枚ずつカメラに収めてくれて、それを大きな
紙に貼っていって、説明文を加えていった。 この頃は目が見づらくなっていたから
、学校で発表する時に字を見ながらしゃべるってことができなくなあってたから、早
めに完成させて書いたことを覚えるように家の壁に貼って練習してたもんですよ。 
発表したってみんな聞いてくれてなかったから、やりがいがなかったけど、それを理
由にやらないっていうのも自分が負けちゃうような気がしてたから、ちゃんとみんな
と同じようにやりましたよ☆ 五年生の時は母が育ててた植物の中から選んで「食虫
植物ハエトリ草」について研究したんだけど、この時も父に一枚ハエトリ草の写真を
撮ってもらって、研究することにしたのはいいんだけど、どんな風に変化してるのか
なんて見えなかったから母が代わりに観察して教えてくれてたんですよね。 私はそ
れを書くだけ。 六年生の時は父に数か所の川に連れて行ってもらって「水質検査」
をやったんだよね。 リトマス試験紙を使って赤いか青いかなんて言いながらまとめ
ていったな〜。 今はどんな宿題が出てるのか知らないけど、当時はこれをやること
にどんな意味があるんだろうってバカにしてたけど、『義務教育として決められたこ
と』っていうのも理由ではあると思うけど、ある程度の期間を使わないとできないこ
と、与えられた期間を使って一つのことをやり遂げるっていうことがこれからもっと
必要になるっていうことを子供に知らせるために大人が考えたことだったのかなって
今は感じる。 小学生だからって言い方があてはまるかどうかわかんないけど、そん
なに急に大きな役目が果たせるわけじゃないし、自分で計画をたててそのとおり実行
するっていう能力も足りない時期だろうし〔大人でもできない人が多いけど。〕 だ
から宿題を与えてそれをこなすのが子供にできる‘仕事’だったのかな〜? よく「
子供は勉強するのが仕事だ!」っていう言葉を聞いたけどこういうことなのかな〜?
 年を重ねるにつれて与えられる課題は大きくなって、期限が迫ったり、責任を負わ
ないといけなくなるよね。 それは難しいことで苦労するものだけど、できる人でや
るべき人になってるから、与えられてるんじゃないかな〜? 重い荷を背負うのは苦
しいことだけど、自分がそれだけ成長したからだと受け入れれば頑張れるんじゃない
かな〜。 誰の手も借りないで全てを完成させることなんてできないことだから、い
ろんな人の知識や技術を参考にして子供も大人も暮らしていけばいいんじゃないかと
思う今日この頃・・・